渋谷のセクキャバやオッパブに潜入!

渋谷のセクキャバ情報

渋谷の人気なセクキャバやおっぱぶ店を調査!

渋谷のセクキャバですが、規制が厳しい事もあり生乳&DKが出来るハードセクキャバは軒並み閉店しており(アトラスやプリティーリゾート、ピュアバケーションは終了してしまいました)、最近は服の上から胸を揉める「いちゃキャバ」が増えてきています。

 

今回は渋谷に残っている貴重なセクキャバ(おっぱぶ)2軒のシステムや口コミをご紹介致します。

 

セクキャバ フラミンゴ

渋谷のセクキャバ

 

フラミンゴと言えば川崎のピンサロが有名ですが、渋谷のフラミンゴはキャバクラで有名な「プリンスグループ」が運営しています。

 

渋谷では高いセクキャバ(と言っても2軒しかありませんが)ですが女の子の質はなかなか高い事もあり、プリティーリゾート無き今、結構な人気を誇っています。

 

営業開始はかなり遅く夜の9時からで、明け方まで開いているので夜型の人には良いかもしれません。

 

システムはフリーで入る場合は2人の女の子が接客してくれる回転系となります。

 

店内はかなり薄暗く、通路を歩く時には足元を注意していないと転んでしまいそうな程。

 

ソファーの前後左右には壁などはありませんが、照明が暗い事もあって他の視線は余り気にならないと思います。

 

セクキャバ(おっパブ)でもダウンタイムしかお触り出来ない所がありますが、こちらのお店は「フルダウンタイム制」(注:一応ダウンタイムは存在するそうです)なのでいつでも女の子のおっぱいをモミモミする事が出来ます笑

 

そんな訳で口コミも好意的なモノが多いです。

 

初来店でしたが、ボーイさんの接客やキャストの方々、諸々含め気に入りました!完全に3人目の方が全て持っていきましたね。今日から一番推します。噂で下も触れる?とかありましたが、ブースの構造上なかなか厳しいのではないでしょうか(そもそも注意事項に下触るの禁止と言われてたので、やろうものなら出禁レベル)もうあれですね、一発で好みなタイプを引けてそのまま推しになったので、必死にお金稼いでまた来訪ですね

(引用先URL:http://fujoho.jp/index.php?p=report&id=99063)

 

現在女の子は30名程が在籍しており、数名の女の子は顔出していますがネットの口コミを見ていると「パネマジ度」が高いと評されていたので、過度な期待は禁物かと思われました汗

 

人気の女の子は「ゆめあ」嬢(年齢不詳 160センチ B90 / W60 / H85)。

 

かなり大昔に六本木のクラブ「ピアニシモ」で働いていたそうなので、実年齢は40手前と言った感じでしょうか。

 

年齢はかなりイッていますが、実物は結構美人でおっぱいもキレイだそうですよ。

 

他にも若い女の子が沢山いるのに、三十路を超えた彼女が人気を集めている理由はズバリ「どエロ」だからでしょう。

 

ゆめあ他の席から丸見えなのにクンニとかフェラ普通にしてるのは引く

(引用先URL:http://kanto.hostlove.com/caat/20140605225648/6)

 

ネット掲示板の書き込みなのでガセかもしれませんが、口コミ風俗情報局にも彼女と思しき書き込みがあったので、本当にやっているのかもしれませんね?

 

「どう、エロいでしょ?」と言いながら、こちらの座っている右ももの脇に脚をかけます。「ドリンクくれたら、もっとエロいことしちゃうけど?」と言いながら、真っ赤なショーツを脱いでしまいます。おいおい・・・フリーで付いた客にそれは・・お店的にアウトでしょ?女の子にそう言うと、そのまま横に座って覆いかぶさるようにキスしながら、こちらの手を取っておっぱいにあてます。舌を絡ませるDKの後、「ドリンクと場内くれたら、○○○てもいいんだけど」これはヤバいです。酔っ払いなんで乗っちゃいそうです。いや乗ったら絶対アウトですが。←乗るの意味が違うって(笑)

(引用先URL:http://fujoho.jp/index.php?p=report&id=89679)

 

この内容を信じるか信じないかはアナタ次第です!?笑

 

(料金)1セット40分 20:00〜22:00?7000円、22:00〜LAST・・8000円、延長料金20分4000円、40分8000円 本指名料3000円 場内指名料2000円 延長指名料2000円サービス料25%、別途消費税

 

 

(住所)東京都渋谷区道玄坂2-16-5 セントラル共立ビルB1F

 

セクキャバ シブヤEyes(アイズ)

シブヤEyes

 

渋谷ではかなり老舗だったセクキャバ店(クラブアトラス)の跡地に2018年5月にオープンしたお昼から営業している学園系のセクキャバ店です。

 

このお店は新宿にあるセクキャバ「スク水王国キングダム」のグループ店になり、ロリ系好きから絶大の支持を集めているそうです。

 

システム的には40分の授業料wとして7000円を支払って、3人のロリータギャルが接客してくれる回転系となります。

 

「常時ダウンタイム制」なので隣に女の子がやってくればいつでもおっぱいモミ&キスが可能です。

 

更に下もパンティの上から手マンが可能なのも嬉しいですね。

 

この他、最近「電車コース」なる新コースが設けられました(通常料金に+1000円)。

 

これは電車内での痴漢が疑似体験出来るコースで、ピンサロのGOGOグループと似た感じになります(こちはヌキがありませんが)。

 

現在の在校生は75名程いて、パネルは結構加工されているそうですが、パネマジ度は低いそうなのでその点は安心出来そうです。

 

評判良い嬢は「すず」嬢(23歳)。

 

かわいい顔して肉感的なカラダ(特におっぱい)が堪らないそうです(スペック:B88(E) W57 H85)。

 

口コミもなかなか良いので、オキニを見つけるまではフリーで入って、慣れてきたらネット予約して出かけると待ち時間もなく楽しめるでしょう。

 

渋谷で唯一昼の12時からイチャイチャできる 天パーの店員さんが楽しいし、丁寧 女の子が皆可愛いし、細身の子が多い 店内キレイ LINEクーポンがお得

(引用先URL:http://fujoho.jp/index.php?p=report&id=92277)

 

ネット掲示板の書き込みなのでガセかもしれませんが、口コミ風俗情報局にも彼女と思しき書き込みがあったので、本当にやっているのかもしれませんね?

「どう、エロいでしょ?」と言いながら、こちらの座っている右ももの脇に脚をかけます。「ドリンクくれたら、もっとエロいことしちゃうけど?」と言いながら、真っ赤なショーツを脱いでしまいます。おいおい・・・フリーで付いた客にそれは・・お店的にアウトでしょ?女の子にそう言うと、そのまま横に座って覆いかぶさるようにキスしながら、こちらの手を取っておっぱいにあてます。舌を絡ませるDKの後、「ドリンクと場内くれたら、○○○てもいいんだけど」これはヤバいです。酔っ払いなんで乗っちゃいそうです。いや乗ったら絶対アウトですが。←乗るの意味が違うって(笑)

(引用先URL:http://fujoho.jp/index.php?p=report&id=89679)

 

昼の部(料金)

  • 昼の部12:00〜17:00 40分7000円 60分10000円 
  • 本指名3000円
  • 場内指名2000円 
  • 延長20分5000円
  • 40分10000円

 

夜の部(料金)17:00〜ラスト 

  • @17:00〜20:00 45分7000円 60分10000円 
  • A20:00〜22:00 45分8000円 60分11000円 
  • B22:00〜ラスト 45分9000円 60分12000円
  • 本指名3000円
  • 場内指名2000円 
  • 延長15分4000円
  • 30分8000円
  • 45分10000円

 

 

(住所)東京都渋谷区道玄坂2-20-9柳光ビル2階

 

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渋谷の歴史

若者の街として知られている「渋谷」。

 

東京においての流行の発信地として、感度高い系のお店が多数軒を連ね、やはり感度高いファッションに身を包んだ若者たちが多く訪れています。

 

筆者がまだ若者だった1990年代、アンダーカバーやベイシングエイプ、フィネスやグッドイナフなどの「裏原系(原宿通りやキャットストリートにあるお店の事)」ファッションブームで、バイトで稼いだお金を握りしめて買い物に出かけたのを懐かしく思います(なんてないパーカーが数万円なんて時代でしたが汗)。

 

ともかく最先端の流行発信地として高い人気を誇っている渋谷ですが、江戸時代には低地の水田地帯には農家が点在するのどかな原風景が広がっている単なる「農村」でした。

 

しかし「江戸」の拡大で次第に東側が開拓され、丘の方(青山周辺(東渋谷台地)、鉢山町周辺(西渋谷台地)、千駄ヶ谷、代々木、幡ヶ谷)には武家屋敷が続々と作られ、人口も増加した事から青物の仲買い問屋の他、立地を活用した水車による米搗き(こめつき)の請負などが盛んになり次第に発展していく事になります。

 

明治に入ると拡大する都市化、工業化により農業は衰退していく事になります(当時はスイカや米、麦、サトウキビが作られていました)が、転機となったのは1885年(明治18年)には渋谷駅が誕生してからです。

 

これは生糸の集積センターであった前橋から輸出港であった横浜まで「生糸」をスムーズに運ぶための手段として市境の渋谷川沿いのルートが選定された結果、渋谷駅が作られる事になりました。

 

赤羽〜品川間を結ぶ駅として建設された渋谷駅でしたが、宿場町として既に繁栄していた板橋・新宿駅と比べると渋谷は単なる「農村」だった事もあり、駅の周辺には建物らしい建物は何もなかったそうです。

 

当時、自分の先祖が渋谷で土地を沢山買っていれば、、と思わずにいられません(爆)。

 

鉄道が走った渋谷が更に発展する事になるのは、1907年の玉川電気鉄道(通称ジャリ鉄)の開業と1911年の東京市電(後の東京都電)の青山線が中渋谷ステーション前まで延伸された事による「ターミナル化」からです。

 

1920年には高架となり現在の渋谷駅の場所へ移動してきます。

 

途中関東大震災に見舞われるものの、線路はどんどんの拡大していき1927年には東横線、1933年には井の頭線が開通する事になります。

 

ターミナル化した渋谷駅に1933年11月、当時としては超が付くモダンな鉄筋コンクリート作りの7階建ての駅ビルが建設されます(東横百貨店)。

 

太平洋戦争中、アメリカの爆撃機B29の執拗な絨毯爆撃で当時の木造家屋の殆どは焼け落ちていしまいましたが、鉄筋コンクリートの東横百貨店は軽微な被害だけで生き延び、ハチ公広場には「ヤミ市」が開かれる事になります。

 

焼け野原と化した渋谷が大きく発展を遂げるきっかけとなったのは1950年に勃発した「朝鮮戦争」からです。

 

当時の日本は敗戦国として連合国軍占領下であり、在朝鮮アメリカ軍、在日アメリカ軍側は日本へ物資や兵器の整備などを発注しました。

 

その額は3年間で特需10億ドル、1955年までの間接特需としては36億ドルもの契約額だったとも言われており、当時は特需景気やガチャマン景気と呼ばれ政治・経済・防衛にも重要な影響を与え、一つの重大な転機となります。

 

これが1951年から1969年まで続く事になる高度経済成長時代となる訳です。

 

渋谷は東京の「副都心」として整備が進められ、高層ビルが続々と建設され昭和39年に開催された東京オリンピックに合わせて道路網の整備や拡張が行われ現在の渋谷の町並みにつながる大変貌を遂げます。

 

因みに渋谷が若者の街として親しまれる様になったのは1973年6月に開業した渋谷パルコと1979年に開業したギャルの聖地?109からと言われています。

 

長々と歴史の勉強をしてきましたが笑、ビジネス・若者の街として親しまれている渋谷にも実は風俗街が存在します。

 

それがハチ公口から目黒方面は向かう駅西側に位置している「道玄坂」エリア。

 

この辺りは近年おしゃれなお店が多い「裏渋」とも呼ばれていますが、一昔前までは料亭や割烹料理店が広がる花街(三業地)だったのです。

 

全盛期には芸妓置屋130軒、芸妓は400名以上!!料理屋20軒、待合は180軒から190軒とかなりの規模を誇っていたそうです。

 

しかし昭和30年代に入るとその花街も廃れてしまい、業種転換を余儀なくされた料亭などが円山町周辺にラブホテルを作って現在のラブホ街を形成していく事になります。

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